熊退治 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 1.15の絶望 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 高校受験。 第一志望の公立高校に落ちた。第二志望の私立へ行くことになる。 俺は無能だったのか?そうかもしれない。この歳で、こうも行き詰まってしまうのか。笑うしかない。 まぁ、ちょっと無茶だったかもしれない。定員はオーバーしてたし、俺は集中力がなかったよな。受験勉強に打ち込めるタイプじゃないんだよ‥‥。 でも、今は更にその後に起こったイベントの結果に落ち込んでいた。 そう、卒業式。好きな子がいたんだ。 卒業式。 憧れていた女の子に告白してみた。 「好きなので、付き合ってくれませんか?」って聞いてみた。 結果、返答は「ごめん」だってさ。 可愛いすぎて抱きしめたくなる素敵な人でしたが、結果は否定の一言だった。 当分立ち直れないと思っていたが、数日経てば回復もしてきた。春からの新生活に期待もあったけど、その時点で何かが壊れた。大した期待もしない未来だったけど、半ばの自暴自棄と、なにかしなくてはならない焦燥感が俺を動かす。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 2.熊へのいざない −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 北国の、人口も少ない周りが山の小都市。 本屋も少ない。ゲーム屋とゲーセンはまた1件づつ潰れた。地方の大都市へ出るのにも1時間かかるこの街。 何も良い所の無い街。 何か良いところはあったっけ?・・・そうだな。この街には稀に熊が出る。 それは良い事か?恥じるべき部分だよな。全くもって田舎だ。 熊が出ると街は小さくパニックになるが、安全な日常を送っている僕らには、外国の核配備ぐらいの非日常的な情報に聞こえてしまう。 それはニュースでしかなく、自分達は安全。そう思ってしまう。 それが現実的な恐怖であると知るには、当事者となるしかないのだ。 妄想と見込み外れの確信で空回っていた俺は、現実を欲した。 現実感こそが、今の俺には圧倒的に欠けている物なのではないか!? 家にいてもまた妄想の虜になるだけなので、現実感を求め、外に出る事にした。 * 家から出れば何かあるもので、街のゲーセンで友人2人に合う。 ゲームの話をひととおり終えた後、熊の話を振ってみる。 片方の友人、山口というが、奴の祖母の畑が荒らされたという。 どうも、わりと近い場所で問題が発生している模様だった。 その畑のある○○町なんて、自転車で行けばすぐだ。学校とは反対側だが、歩いてもいけるぐらいのところだぜ? 報道されたニュースでしかなかった事件は、一気に現実的になり、自分の妄想を刺激する。 家に帰って、考える。 熊かー。 話には聴いてるが、どれぐらいでかいのか。迫力があるなら見てみたい気もする。そうだな、むしろ倒せないかなー。それぐらいの事出来てもいいんじゃないかな‥‥。 ロープと金属バット。これでクマを絡め取る。麻酔弾なんてないんだ。叩きのめして殺せるもんかね? で、熊はどこだ? −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 3.女 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ふうむ。 長い春休み。妙に孤独だった。 元々友人は多くない。というかまぁ、いないと言っても良い。 話が合わないし。絶望するほど地味で子供な奴等ばっかりなんだ。 この街はつまらない。学校もつまらない。 自分がつまらない。 自分の能力を極限まで試すような環境が必要なのかもしれない。 でも、だめか。怯える兎だ、私は。 そう、卒業式の日にコクられた。 あの返事は最低だった。ウィットもユーモアもなく、対決から逃げただけだ。「ごめん」だなんて。 私は彼の事が好きだった。でも、私は怖かったのだ。「彼氏」という存在が。なにか一歩を踏み出すことが。 こんな田舎で中学生ごときが恋愛してるのはヤンキーぐらいだし。 ただ、あの返事は、最もつまらない解決法だったかもしれない。 だけどもう、そう言ってしまったわけで。 解答を撤回する事は出来ない。 また考え込んでしまった。こんなんじゃ鬱になるってーの! 家を出れば、少しは気が晴れるかもしれない。 自分でも浅ましいと思う。だから何も考えなかった。 でも確かに、彼に会えればという期待をひた隠しに隠していたかもしれない。 家を出て街まで行く。 奴ではなく、クラスの別の男子と会う。 あんまり合いたくないタイプの子だった。いや、実際、奴以外の誰とも合いたくなかったんだが。 社交辞令的に数言話す。 話しながらも、もう他のことを考えだしていたが、懸念すべき単語と、彼の名前が話題に上がった事に気付いた。 「へ、熊?」 「馬鹿じゃねぇー」 「で、どこへ?」 「ふーん」 なるほど。クレイジーだ。 行ってみるか。 このヒマな春休みに、あいつと再度2人で話をしてみるのはいいかなぁ。むしろそういう機会もなしに、いきなり告白してきた、戦略上の失敗を犯した彼が腹立たしい。と、責任転嫁してみる。 2人で、静かなところで話せば、もしかすると私にも、そして彼にも何かの解決になるかもしれない。 会えない可能性のほうが高いだろうか。でもいいや。たまには街をふらついてみよう。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 4.熊 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 熊がいた。 まだ遠い。まだずっと遠くにいるんだ。気付かれているかもわからない。今逃げれば全然問題ない距離だ。 その黒い怪物は、思ったよりでかいし、迫力がありすぎた。 勝てない。勝てるわけない。危険を告げるシグナルばかりが体をかけ巡る。 こんなにも、自分を弱く感じるとは。 ここは○○町の山の中。一番近い民家からもけっこう遠い。あちこちに雪が残っているが歩けないことは無い。たまにぬかるみはあるが、自分は山歩きは結構得意だ。 山に入ってから、まず営林署の猟師たちを見たんだった。熊が近いことは分かった。逆方向に山を進み、熊を補足した。 おそらく、営林署の方々よりも先に補足出来た。ラッキーだ。だが、その姿は想像よりも力強く、凶悪でまがまがしく、50mは離れているこの距離にいるのに、自分を圧倒し、空間を歪めていた。 自分は、おそらく、犬には勝てる。 犬なら1発当てればすぐにこちらが有利になるだろう。だがあれって、熊って、一発じゃ駄目だろ。熊のほうが耐久力が強い。一発入れるだけでも危険があるのに、有利になるまでの間の数発を当てるまで、逆上した熊に攻撃を受ける可能性もある。 そしてこちらが何発当てれば弱るか‥‥。わからない。 むしろおそらく、一発当てただけで有利になる立場は、むこうだ‥‥。 立場的には、こっちが犬だった‥‥。 世界は、俺の想像力よりもずっと強力だったという事か。また負けるのか。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 雑木林まで行く。わりと山歩きが得意だ。 で、彼がいた。 まさか会えるとは思っていなかった。 ちょっと追ってみる。 が、何をしてるの? あからさまに不審だなぁ。声をかけづらいじゃないか。 熊なんて出るわけないのですよ、お馬鹿さん。 ‥‥。 ‥‥? ‥‥は? あれは何? 熊だーーーーーー!ちょっとシャレにならないって。クレイジーもほどほどにしておけ! 戦うって?あんな危険な猛獣と? −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− どうやら気付かれたらしい。 引く。べきだ。うん引く。ちょっと営林署の人はまだですか。 引くとしよう。 だが、追ってこられたらどうする?どれだけ早い? 熊と戦ったことのない情報不足が、ここまで不安を煽るとは。そう、熊のスピードなんて知るはずがない。そもそもこうも大きく、迫力があるなんて、全く思ってなかった。恐怖の象徴。忌避すべきタブー。どんな小説に出てきた悪魔すら、ここまでの威圧感はなかった。 林の向こうの茂みに、あからさまな「危険」がある。近づけるわけがない。こうも強力な存在を見たことが無い。 追われたら? 死んだふり?いや、それは、絶対無い。ここで寝ても、確実に攻撃受けると思うんだ。もし騙せたとしても、死んだふりしてる周りで熊にうろつかれて、正気を保てるか不安だ。 木に登る?残念ながら、ここは北国だ。針葉樹林なんで登れません。なんか小屋とか崖を目指すしかない。だが、ここまでの道、そんなの無かった。人家はかなり遠い。走れるか? それとも、戦うか。 今や有り得ないアイディアな気もするが。 ここで闘争心を捨てて敗走すれば、逆にあぶないのかもしれない。 こっちは人間だ。手に棍棒を持つことで、獣の恐怖に打ち勝ってきた種族じゃないか。 熊は、30mぐらいの距離にいる。 マジ勘弁して欲しい。威嚇してる。唸ってるよ。怖いです。 バッターになる?逆に威嚇すべく構える?足は震えていたので、おそらく今の自分はゴロも打てないだろうが。 10m。間の詰め方が早い。5m。そこで止まった。つまり、来る。 唸り声はいよいよはっきりと聞こえた。獣の臭いまである。臭ぇ。この臭いも威嚇効果の内に入るのだろうか。 唸り声が止まった。 と思ったら、それはもう動いていた。 間一髪かわす。が、体制を整える前に後ろに回り込まれている。危ないと思った時には俺は右足に激痛を感じていた。 そう、最初の一撃は奴が決めた。最悪のケースだった。 俺はパニックになる。バットは地面に転がっている。なんとか立ち上がり、走る、しかない。走れ、走れ、走れ。 ‥‥。 えっ、なに!? 目の前に影が降り立った。 その影は俺のバットを拾い、熊へ突進してゆく。 あれはなんだ? 俺の動かない体を抜け出した心がたち上がり、再び戦いを挑んだのか?! その影は美しく、熊に一撃を加える。あれは俺ではない。どちらかというと現在の俺の理想を具現化した存在だろう。 実際の俺は目の前の敵に、怯え、地面を這いずっている哀れな虫けらだ。 影は、舞を踊るように、得物をふるい、熊と戦った。 あんな綺麗な黒髪は、めったにありはしない。そう、御坂じゃないか!?ということは、これは夢か!? 反射的に飛び起きる。 そんな事じゃないな‥‥寝てる場合じゃないぜ、俺! −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 御坂は、バットの先を熊に向け、威嚇する。 「御坂!?」 「撤退よ!」 「お、おう」 「沢の方に営林署のハンターたちが来てた見たい。そこまで行けば‥‥」 だが、現状まだ危険だ。御坂の顔を見て俺はかなり落ち着いたのだが、御坂は女の子だ。熊とタイマン出来るはずもない。ていうか女の子に守られる俺って何? 熊から確実に逃げる作戦が必要だ。 ‥‥まったく思い付かない。 「順々に、片方が相手を威嚇しつつ、片方を撤退させながら帰るってどう?」 「それだ。それでいこう」 なんということだろう。こいつ、おじけづいていないのか。まるで女神光臨だな。 撤退は保母か膳だった。2人で息のあったダンスをしていたようだった。 俺はその辺の枝を拾い、俺が熊を威嚇している間に彼女が後退する。彼女が金属バットで威嚇している間に俺は後退する。 だがダンスにも終わりは来る。 最後の最後で破綻する。 俺が彼女を下がらせるべく、後ろを向いた時にそれは来た。 あまりに重いタックル。激痛。重い。踏むな、痛い!完全にマウントを取られる。もう駄目だ。喰われる? 「そこだーーーっ!!」 金属バットに反射した光が脳裏に焼き付く。そして、どうやらジャストミート。 俺は気を失った。 おぼろげな記憶の中で、大きな発砲音を聴いた気がした。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 目覚めれば、熊は惨めな姿で拘束されていた。 営林署の猟師団がやっと到着。麻酔弾で熊を倒したのだ。 後で聴けば、彼女の絶叫、というか咆哮を聞きつけてたらしい。まさにバルキリー。 だがそんなヴァルキリーも、俺といっしょに説教を受けたが。 結局目立った外傷はなく、服があちこちやぶれてたぐらいだった。 営林署関係者数人にバス停まで送られ、俺たちは帰宅した。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 5.後日談 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 帰宅後、彼女から電話。電話自体がめずらしいが、俺は神経を摩耗しつくし、あまり驚きもせず、普通に出た。 「明日、暇ある?」 「ああ」 その晩は早く寝た。次の日、我々は再び戦場にて再開した。 そして、もういいじゃないかと思われる熊退治の現場検証。 彼女は俺の失策、動きの無駄等について、反省点をあげていく。 「そこで、こっちのほうに戻った」 「うん、それは失敗だった」 なにやら、物凄く真剣に熱く語っている。こんな顔を学校で見たことが無い。 「でも、あなたはいい囮だったよ。結果的に勝てた」 「全部、あんたの殊勲だよ。情けないばかりだ」 「まぁ、今回は私にツケておいてよ。でも、私が囮になった時は絶対に隙を逃さず討つこと」 「なぁ‥‥」 まったく分からなかったんで、聴いてみる。 「もう2度と熊なんて狩らないよ?」 「でもさほら、また二人で、なにか別の物を狩ることになるかもしれないじゃない」 最高の笑顔が、そこにあった。